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徳島地方裁判所 昭和57年(行ウ)11号 判決 1985年10月25日

原告 折目勝也

被告 池田労働基準監督署長

代理人 福本加克 染田新 木本裕 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五三年一一月一一日付けでした労働者災害補償保険法による休業補償給付支給に関する処分(以下、「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四六年五月から同年六月までは富山県魚津市所在の金岩建設株式会社においてトンネル工事の坑夫として、昭和四七年一二月一日から同四八年三月三一日までは徳島県美馬郡穴吹町所在の藤川建設株式会社(以下「藤川建設」という。)において集水ずい道工事の坑夫として就労していたところ、昭和五二年三月一八日、じん肺症であるとの診断を受けたので、同年七月二二日、愛知労働基準局長に対しじん肺法に基づくじん肺管理区分の決定の申請をし、同年八月一六日、同局長からじん肺管理区分の管理4の決定を受けた。

2  そこで、原告において昭和五三年一一月二日、被告に対し労働者災害補償保険法に基づき昭和五三年六月一日から同年一〇月三一日まで一五三日間の休業補償給付金及び休業特別支給金の給付申請をしたところ、被告は同年一一月一一日、休業補償給付等の基礎となる給付基礎日額を四七九七円一八銭とした上、原告に対し休業補償給付金四四万〇三三四円、休業特別支給金一四万六七二七円を支給する旨の決定(本件処分)をした。

原告は本件処分を不服として徳島労働者災害補償審査官に審査請求をしたが、これを棄却されたので、労働保険審査会に再審査請求をしたところ、同請求も棄却された。

3  しかしながら、本件処分は、次のとおり給付基礎日額の算定方法に法令解釈上の誤りがあり、違法である。

(一) 労働者災害補償保険法に基づいて支給される休業補償給付金等の算定基礎となる給付基礎日額は、原則としてこれを算出すべき事由の発生した日(診断によつて当該疾病の発生が確定された日)以前三か月間の平均賃金に基づき算出されるものであるが(労働者災害補償保険法八条一項、労働基準法一二条)、当該労働者が業務上疾病の診断確定日に既にその疾病発生のおそれのある作業に従事した事業場を離職し、右平均賃金を算定することができない場合には、労働省労働基準局長通達により、次の方式(適当なものまで順次繰り下げて適用する。)に従い、これを推算することとなつている。

(1) 当該労働者がその疾病発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場(以下「最後の事業場」という。)を離職した日以前三か月間に支払われた賃金により算定した金額を基礎とし、算定事由発生日までの賃金水準の上昇を考慮して算定する(昭和五〇年九月二三日基発第五五六号同局長通達<以下「五五六号通達」という。>・記1)。

(2) 平均賃金算定事由発生日に当該事業場(最後の事業場)で業務に従事した同種労働者の一人平均の賃金額により推算する(昭和五一年二月一四日基発第一九三号同局長通達<以下「一九三号通達」という。>・記1)。

(3) 平均賃金算定事由発生日に当該事業場所在の地域又はその地域と生活水準若しくは物価事情を同じくすると認められる他の地域における同種、同規模の事業場において業務に従事した同種労働者一人平均の賃金額により推算する(一九三号通達・記2)。

(4) 最新の屋外労働者職種別賃金調査結果(全国計)における職種、企業規模及び年齢階級別のきまつて支給する現金給与額に、当該事業場所在の都道府県別の賃金格差を考慮して得た金額を基礎とし、これに労働省毎月勤労統計調査における前記賃金調査の調査対象年月が属する四半期と、平均賃金算定事由発生日が属する月の前々月間の賃金水準の変動を考慮して推算する(一九三号通達・記3)。

(二) 本件の場合、原告は、じん肺症の診断が確定した昭和五二年三月一八日当時においては最早トンネル工事等じん肺症発生のおそれのある作業には従事していなかつたから、平均賃金の算定に当たつては前記の推算方式によるべきものであるところ、被告は、原告については前記(1)ないし(3)の方式によることはできないとして、同(4)の方式による推算に基づいて給付基礎日額を四七九七円一八銭と算定した。

(三) しかしながら、本件の場合、被告は前記(3)(一九三号通達・記2)の方式による推算に基づいて給付基礎日額を八〇〇〇円ないし一万円と算定すべきであつた。その理由は次のとおりである。

本件平均賃金算定事由発生日である昭和五二年三月当時、徳島県下では、次のようなトンネル、ずい道工事等が行われており、これに従事した坑夫等に対する賃金は以下のとおりである。

(ア) 四国開発株式会社が昭和五一年七月から同五二年三月の間に行つた麻植郡美郷村竹屋敷のずい道工事(請負金額一八四〇万円)。この工事における常雇坑夫の日給は六六〇〇円であつた。また、同社は、昭和五二年度行つた地すべり防止工事においてはこれに従事した作業員(三名)に対し平均一万円の日給を支給している。

(イ) 株式会社谷下組が昭和五一年九月から同五二年三月の間に行つた那賀郡上那賀町東尾のずい道工事(請負金額一七〇二万二〇〇〇円)。この工事におけるずい道坑夫(四名ないし六名)の日給は八〇〇〇円ないし八五〇〇円であつた。

(ウ) 株式会社名正建設が昭和五一年八月から同五二年三月の間に行つた名西郡神山町大巾尾のずい道工事(請負金額二八四九万四〇〇〇円)。この工事におけるずい道坑夫(二名)の日給は一万円以上であつた。

(エ) 宮城組が昭和五二年度に行つた那賀郡上那賀町東尾におけるずい道工事。この工事におけるずい道坑夫(三名)の日給は八〇〇〇円であつた。

これらのずい道工事等はいずれも二、三名から五、六名の坑夫等によつて行われたものであり、原告が就労した最後の事業場である藤川建設においては原告の離職当時ずい道工事に従事していた坑夫は二名であつたことからすると、右(ア)ないし(エ)の工事現場である各事業場はいずれも藤川建設との関係で一九三号通達・記2にいう「同種、同規模」の事業場に当たるというべきである。したがつて、被告は右各事例に基づき原告について同通達・記2の推算方式を適用して給付基礎日額を八〇〇〇円ないし一万円と算定すべきであつた。にもかかわらず、被告は、管内の各事業場から定期に提出される労働保険確定保険料申告書によつて藤川建設と「同種」の事業場の請負金額のみを比較し、これと「同規模」の事業場はないと判断したもので、本件処分には一九三号通達・記2の解釈、適用を誤つた違法がある。

よつて、原告は被告に対し本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実はいずれも認める。

2(一)  同3(一)、(二)の各事実は認める。

(二)  同3(三)のうち、(ア)、(イ)、(ウ)の各工事が原告主張のとおり行われたことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  労働者災害補償保険法は、同法に基づく休業補償給付についてはその金額を一日につき給付基礎日額の一〇〇分の六〇に相当する額とする一方(同法一四条一項)、給付基礎日額は「労働基準法一二条の平均賃金に相当する額」とする旨を定めている(同法八条一項)。この平均賃金は、右法条一項ないし六項に従い、これを算定すべき事由が発生した日以前三か月間の平均賃金に基づき算出されることになるのであるが、その算出が不可能な場合には、主務大臣の定めるところによるとされ(同条八項)、これを受けて発せられたのが五五六号通達、一九三号通達である。

本件においては、原告はじん肺症の診断が確定した日(平均賃金算定事由が発生した日)である昭和五二年三月一八日には、ずい道坑夫等じん肺症に罹患するおそれのある職務に従事していなかつたから、右法条による平均賃金の算定は不可能であつた。そればかりか、原告がずい道坑夫として就労した最後の事業場である藤川建設においては、原告が就労していた当時の賃金台帳等を紛失しており、ほかに当時の原告の賃金を明らかにすべき資料が存在せず、その当時、同会社にはずい道坑夫等、同種の職務に従事する者もいなかつたので、五五六号通達・記1、一九三号通達・記1による推算もまた不可能であつた。更に、被告は、後記のような調査をした上、本件においては一九三号通達・記2にいう「同種、同規模の事業場」に当るものもなく、これによる推算も不可能であると判断し、後記のとおり、同通達・記3による推算を行つたものである。

2  原告は、本件においては一九三号通達・記2による推算が可能であると主張するが、右主張は以下のとおり失当である。

(一) 同通達・記2は、「当該労働者が就労した最後の事業場所在の地域又はその地域と生活水準若しくは物価事情を同じくすると認められる他の地域における同種、同規模の事業場において業務に従事した同種労働者一人平均の賃金額」により給付基礎日額を推算するものであるが、このうち、「最後の事業場所在の地域又はその地域と生活水準若しくは物価事情を同じくすると認められる他の地域」とは、実務上、最後の事業場と同一都道府県下の地域を指し、「同種」とは日本標準産業分類における中分類「総合工事業」で分類される主として土木施設、建築物に関する請負事業を指すものと解され、運用されている。

問題は「同規模」の意味であるが、建設工事等の請負事業においては、工事等に従事する作業員数は請負の回数や個々の請負工事の進行に伴い、そのときどきで大きく変動するため、平均賃金算定事由発生日における従業員数の比較によつて同規模であるか否かを判定するのは相当ではなく、むしろ行われた請負工事の規模、したがつて右工事の請負金額の比較によつてこれを判定すべきである。

一九三号通達・記2にいう「同種、同規模の事業場」とは以上のような意味合いのものと解すべきであるが、これに該当する事業場の有無を調査するのに、県下に散在するそれぞれの事業場について現地に赴いて個別に当つてみたり、工事発注先を逐一調べてみたりすることは実際問題として極めて困難なことであるし、労働者の早期救済という労働者災害補償制度の目的に照らしても相当ではない。したがつて、担当行政庁としては、正確性のある合理的資料に基づいて相当な調査をすれば足りるのである。

以上のような観点から、本件においては、被告は、徳島労働基準局において保管する昭和五一年度及び同五二年度の労働保険確定保険料申告書、一括有期事業報告書及び一括有期事業総括表について調査を行い、ずい道工事を抽出した上、原告が就労した最後の事業場である藤川建設(徳島県美馬郡穴吹町長尾の集水ずい道工事)の工事請負金額三三四万円を基準とし、これに物価上昇(右工事は昭和四七年から同四八年にかけて行われたものであつた。)を加味して請負金額一〇〇〇万円までの工事を「同規模」の工事であると判定して該当するものを探したが見当たらなかつたので、「同種、同規模の事業場」は存在しないと判断したのであつて、右の判断は十分合理性を有している。

(二) 原告は、労働保険確定保険料申告書等について調査をしただけでは不十分であると主張しているが、労働者保険は、被災労働者等の保護のための重要な制度であつて、これにはその目的完遂のため、申告を怠り或いは不正な申告をした事業主に対する追徴金の賦課、事業主の報告義務、係官による立入り検査、都道府県労働基準局による定期的一斉検査等の定めがされており、これによつて対象事業の完全な把握が可能となる仕組みになつているのであるから、被告のとつた調査方法は決して不十分なものではない。

また、原告は、本件において「同種、同規模の事業場」が存在した、として四つの事例を挙げるが、このうち宮城組の行つた工事は昭和五三年度以降のものである(原告は昭和五二年度に行われたと主張しているが、これは誤りである。)から、そもそも時期を異にするし、他の三事例は四国開発株式会社のずい道工事はその請負金額が一八四〇万円(原告はこのほかに地すべり工事についても主張しているが、これは工期が明らかではないから比較の対象とすることができない。)、株式会社谷下組のずい道工事のそれは一七〇二万円、名西建設のずい道工事のそれは二八〇九万余円であつて、前記藤川建設の請負金額三三四万円とは大きく異なり、とうてい同規模の工事とはいい難い。

3  以上の次第で、本件においては、一九三号通達・記2による推算が不可能であつたため、被告は同通達・記3による推算を行うこととし、当時の最新の調査資料であつた労働大臣官房統計情報部発行・「昭和五一年度屋外労働者職種別賃金調査報告」第四表(職種、規模及び年齢階級別のきまつて支給する現金給与額)坑夫欄中、原告を企業規模五ないし九九人欄における年齢三五歳ないし三九歳の労働者と格付けし、これに対応する一日平均給与額九二四一円に一か月平均実働日数一八日を乗じて一か月の給与額を算出した上、所定の県別格差及び賃金水準の変動率による調整をし、その結果を通達で定める一か月当たりの日数三〇・四で除して算定した結果、給付基礎日額を四七九七円一八銭と決定したものである。

原告は、右給付基礎日額が不当に低額であると主張するが、これは算式上の問題であり、本件においても一日当たりの給与額自体は九二四一円とされているのであつて、原告主張の八〇〇〇円ないし一万円と見合つている。要するに、原告の本件処分に対する不服は休業補償給付金算定のもとになる給付基礎日額を一日当りの給与額と誤解したことから生じたものであつて、それ自体理由のないものである。

第三証拠 <略>

理由

一  本件処分とこれに対する行政不服申立ての経過についての請求原因1、2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分の適否について判断する。

1  労働者災害補償保険法及びその附属法令に基づいて給付される休業補償給付金、休業特別支給金の金額は、それぞれ一日につき給付基礎日額の一〇〇分の六〇、一〇〇分の二〇と定められており(同法一四条一項、労働者災害補償保険特別支給金支給規則三条)、右給付基礎日額は、原則としてこれを算定すべき事由が発生した日(本件においては原告がじん肺症の診断を受けた昭和五二年三月一八日)以前三か月間の平均賃金により算定すべきものである(同法八条一項、労働基準法一二条一項)が、右の日に当該労働者が既に疾病発生のおそれのある事業場を離職していて、右の方法による算定が不可能な場合には、主務大臣の定めるところによるとされているところ(労働基準法一二条八項)、<証拠略>によれば、これを受けて発付されたのが五五六号通達、一九三号通達であり、五五六号通達には記1として、一九三号通達には記1ないし3として、それぞれ原告主張の定めがあること(ただし、この点は当事者間に争いがない)、更に一九三号通達には記1ないし3の推算方法について、適当なものまで順次繰り下げて適用する旨が定められていることが認められる。

本件においては、原告は、じん肺症の診断を受けた昭和五二年三月一八日当時には最早ずい道工事等同症発症のおそれのある職務には従事しておらず、労働基準法一二条一項による平均賃金の算定を行うことはできなかつたこと、そこで被告は前記各通達による推算を行うこととし、本件については五五六号通達・記1、一九三号通達・記1、同2の推算方式を適用する余地はないとの判断から、一九三号通達・記3の推算方式を適用し、これに基づいた計算の結果、給付基礎日額を四七九七円一八銭と定めたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  ところで、原告は、本件処分の違法事由として、右給付基礎日額算出過程に誤りがあることを主張するが、このうち、本件について五五六号通達・記1及び一九三号通達・記1の推算方式を適用することができないこと、並びに被告がした一九三号通達・記3の推算方式に基づく給付基礎日額の算出過程については特に不服を述べてはおらず、証拠上も、これらの点に誤りがあると認めるべき事由は見出せない。したがつて、問題は、専ら本件について一九三号通達・記2の推算方式を通用することができないとした被告の判断の適否に帰着する。

そこで、被告において右のような判断に達した経過をみるのに、前述のとおり、同通達・記2の推算方式は、平均賃金算定事由発生日に当該事業場所在の地域又はその地域と生活水準若しくは物価事情を同じくすると認められる他の地域における同種、同規模の事業場において業務に従事した同種労働者一人平均の賃金額により業務上疾病にかかつた労働者の賃金額を推算するものであるところ、<証拠略>によれば、被告は、右「同種、同規模の事業場」に当るか否かを判断するについて、土木建設業においては、その事業規模の大小は工事量、ひいては請負金額の多寡に反映するとの見解のもとに、原告が就労した最後の事業場である藤川建設が所在する徳島労働基準局管内の同種の事業場について、各事業場が行つた工事(ずい道工事)の請負代金額の比較をすることとし、藤川建設の工事(徳島県美馬郡穴吹町長尾の集水ずい道工事)請負代金三三四万円を基準にして、これに原告が離職した後平均賃金算定事由発生日までの物価上昇を考慮の上、請負代金一〇〇〇万円までのずい道工事を行つた事業場を、「同種、同規模の事業場」とする旨の基準を設定し、この基準に基づいて徳島労働基準局において保管する昭和五一年度及び同五二年度の労働保険確定保険料申告書、一括有期事業報告書及び一括有期事業総括表を調査したところ、右基準に該当する事業場が見当たらなかつたので、「同種、同規模の事業場」は存在せず、一九三号通達・記2による推算は不可能であるとの判断に達したものであることが認められる。

3  このことについて、原告は、被告の右判断は「同種、同規模の事業場」の有無の調査を前記労働保険確定保険料申告書等のみによつて行い、そのほかの方法による調査をしなかつたこと及び「同規模」の判断を請負代金額の比較のみによつたことの二点において合理性に欠ける旨を主張する。

思うに、一九三号通達・記2は、業務上疾病にかかつた労働者の離職時の賃金額が不明の場合、わが国においては、労働者の賃金水準と労働者が従事する業務の種類、事業場の規模及び事業場の所在する地域等との間には一定の相関関係が認められるところから、一定の地域内の「同種、同規模の事業場」において業務に従事した同種労働者一人平均の賃金額によつて業務上疾病にかかつた労働者の離職時の賃金額を推算しようというものであるから、その調査のためには、担当行政庁としては労働災害補障制度の目的に照らして経験則上、客観的に相当と認められる方法をとれば足りるのであつて、可能な、あらゆる手段を尽すことまで要求されるものではないと解するのが相当である。本件においては、被告は徳島労働基準局において保管する昭和五一年度及び同五二年度の労働保険確定保険料申告書、一括有期事業報告書及び一括有期事業総括表によつて右「同種、同規模の事業場」の有無を調査したことは前認定のとおりであるところ、<証拠略>によれば、労働保険確定保険料申告書は、各都道府県労働基準局の労働保険特別会計歳入徴収官あてに管内の事業主から各年度ごとに提出される労働保険料の確定申告のための書面であること、一括有期事業報告書及び一括有期事業総括表は、右書面に添付することを要求されているものであつて、労働保険料算定の基礎資料となること、一括有期事業報告書には、「建設の事業」の場合、事業主が行つた事業ごとに、「事業の名称」、「事業の期間」、「請負代金の内訳」及びその事業のために就労した作業員等に支払つた「賃金総額」等が逐一記載されることになつており、一括有期事業総括表は右一括有期事業報告書に記載された事業ごとの「請負金額」及び「賃金総額」を「事業の種類」ごとにまとめ上げ、「事業の種類」ごとの「賃金総額」に一定割合の「保険料率」を乗じて「保険料額」を算定した過程を明らかにしたものであることが認められる。これに、労働者災害補償の保険関係は、労働者を使用する事業(労働者災害補償保険法三条一項)の事業主については、その事業が開始された日に、事業主の意思にかかわりなく成立するものであり(労働保険の保険料の徴収等に関する法律三条)、右労働保険確定保険料申告書等の提出は法律上事業主に義務付けられている(同法一九条、同施行規則三三条)ことを併せ考えると、右労働保険確定保険料申告書等は、労働者災害補償保険法の適用事業について各都道府県内の業種ごとの事業の実施状況を、「建設の事業」の場合においては主として「請負金額」及び「賃金総額」の面から、如実に反映しているものということができる。したがつて、被告が右労働保険確定保険料申告書等によつて「同種、同規模の事業場」の有無を調査したのは相当な措置であつたということができ、ほかに更に的確な資料が存在し容易にその調査が可能であるなど特段の事情がないかぎり、右労働保険確定保険料申告書等の調査の結果、「同種、同規模の事業場」は存在しないとの判断に達した以上、被告としては更にそれを超えた調査を実施することまで要求されるものではない。

また、事業規模の大小は、本来、資本金額、事業設備の状況、従業員数及び事業収入等を総合して判断されるべきものではあるが、一定の業種の範囲内においては、事業規模の大小は事業収入に如実に反映するものとみることができるし、前述のとおり、労働保険確定保険料申告書等による事業の実施状況の申告が「建設の事業」の場合においては主として「請負金額」及び「賃金総額」を中心としてされていることから考えると、被告が労働保険確定保険料申告書等による調査にあたり「請負金額」に主眼をおいたことは当をえたものであつたということができる。

4  原告は、本件においては一九三号通達・記2にいう藤川建設と「同種、同規模の事業場」が存在するとして、四つの事例を挙げるが、これらの事例のうち、四国開発株式会社の地すべり防止工事は正確な工事時期が不明であり、また、<証拠略>に照らすと、宮城組のずい道工事は工事実施時期が昭和五三年度以降である可能性が高く、一九三号通達・記2にいう平均賃金算定事由発生日における事業場とはいい難いから、いずれも比較の対象とはなりえないし、他の二つの事例についても、その工事に従事した作業員の人数の点はともかく、工事の内容及び請負金額等は明らかではないのであつて、工事の種類及びこれに従事した作業員の人数から直ちにこれを「同種、同規模の事業場」と認めることはできない。

のみならず、<証拠略>によれば、原告のようなずい道坑夫は、特定の事業主に恒常的に雇用され、その事業主が行うもろもろの工事に従事するというよりも、或る事業主が行う特定の工事にのみ従事しその労務に対する対価を出来高払制若しくは請負制によつて受け取り、当該工事が終了すると、その事業主のもとを離れて、次には他の事業主が行う工事に同様の型態で従事するということが多いこと、原告は藤川建設を離職するまでのほとんどの期間右のような型態での作業に従事してきたものであり、しかも、年間を通じて就労することはなく、一年のうち九か月ほど就労し、残りの三か月ほどは失業保険金を受給していたことが認められる。これによれば、原告のずい道坑夫としての賃金の受給型態は極めて特異なものであつて、もともと、このような労働者の賃金額は一九三号通達・記2の方式によつて推算するには染まないものであり、同通達・記3の方式によるほかはないものというべきである。

5  以上の次第であつて、本件について一九三号通達・記2(編注・更正決定により、記3と訂正された。)を適用した本件処分は適法なものであり、本件処分には同通達・記2の解釈、適用を誤つた違法はないものというべきである(なお、原告は、その本人尋問において、藤川建設で就労していた当時支払を受けていた賃金は一か月一五万円から一七万円である旨の供述をするところ、本件処分によつて決定された給付基礎日額四七九七円一八銭に一か月の平均日数三〇・四を乗ずると、その金額は一四万五八三四円であつて、これが年間を通じてのものであることを考えると、原告の右供述にある賃金額との間に大きな距りはない。)。

三  よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎 以呂免義雄 鶴岡稔彦)

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